くそ雑多なひとりごと
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「すまん、悪役の席が空いてるので座ってくれないか」って感じで微妙に合ってない椅子に座らされてる感のある悪役キャラ見るとすごい萎えてしまうんだよな。そう感じるのは主観なので制作側でどういう動きがあったかは知らないが。
最初から敵として登場するにせよ、味方に見せかけて途中で裏切るにせよ、ちゃんと主人公の敵に回るべくして回っててほしい。そんな無理に敵役を作るくらいなら敵なんていらねえよ。みたいに思ってしまう。まあ物語を盛り上げるためには敵が必要なのですが……そんな空席埋めるみたいに悪役作られるとおもんねえよ……

なんかここ1年くらいこういうこと考える機会が増えたな。それを考えさせられる作品に複数触れたからだろうか。自分は思ったよりも『敵役』『悪役』の在り方の必然性を重視するタイプなのかもしれないと最近自覚している。

これは個々の性質どうこうではなく(悪を貫く悪が至高、とかそういう論点ではない。信念なくフラフラしてるようなヤツでも、嫌々悪の道を行ってても良いし、納得いくなら改心してもいい)
主人公やテーマ性に反抗する存在が作品にとっての敵・悪だと思っているので、そこの構造がしっかり組み立てられていればしっくりくるんだよな。悪役の座席が空いてたから座らされた、じゃなく自らそこに座りに行ってる感じがあるヤツが良い。


色々好きな悪役はいるけど、なんだかんだ初代ポケモンのサカキや俺屍の朱点童子は実にシンプルに『敵』をしてて良いな…とはやっぱ思う。バックグラウンドとか立場は全然違けど自分から『主人公の敵』という椅子にどっかりと座りに行っていてきもちがいい。ちゃんと椅子のサイズが合ってるし座り心地が良さそうなんだよな、ああいうヤツらは