くそ雑多なひとりごと
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面白すぎる…ッ
よくできすぎている……ッ
アツすぎる…………ッ

と思うと同時に、これをエンタメ的に消費するだけなのはなんか……流石に……という気持ちにもなる。


社会的メッセージ性の非常に強いエンタメ作品をどう受け取るかみたいなことを考えちゃった。

Fラン大学就職チャンネルって本当に特殊なエンタメで、まず作者であるエフ氏の目的としては「エンタメをやること」ではなく「支援したり知識を与えること」が先にあって、それを伝えたい層に伝えやすいのが「エンタメ」である、ということだと思うんだよな。多分。
「解説動画」だと見ないような層に届けるために「エンタメ的ストーリー仕立ての動画」をやっているのだと思う。

エフ氏のすごいところはそれでガチで面白いエンタメを継続的に提供できるところなんだけど。だから全然エンタメとしてだけでも消費できてしまう。

だけどもやっぱり社会的メッセージ性はムチャクチャ強いので、エンタメ消費勢を見て眉をひそめる視聴者もいるんだよな。じゃあこの作品を“エンタメ消費”せず、解説や論文を読むが如く受け取ること“だけ”が正解なのか?というとそういうわけでもないんじゃないかとも思う。

これはエフ氏の代弁気取りとかではなく私が勝手に思ってるだけの話だけど、エンタメとして提供されたものをエンタメとして消費すること自体は間違いでもなんでもないと思う。ていうかまあ受け取り方に正解とかないしな。

エンタメという形で口に入れて、少しでもそれで得た効能が体内に残ればそれはちゃんと意義があるんじゃないだろうか、という気はする。正当化な気もする。
カタい形式だと口にすら入れない可能性のあるものを口に入れさせたってだけですごいことなんだよな。非当事者は不要不急の苦い薬を誰も進んでは飲まないというか。それを食べやすいものに包んで出してくれてるのがエフ氏だと思う。ワイらは赤ちゃんか。割とそうかも。

つまり、たとえエンタメ消費的であったとしても、再生した数万人の中に少しでも『こういう人もいる』『こういう考えもある』という知識が残れば、何もないよりは社会的にずっと意味のあることなんじゃないかと。今のインターネット社会の醜さの一つが「とにかく不用意に不配慮に発言しまくる人が死ぬほどいて、あらゆるものがその濁流に飲まれてしまう」だと思うので、これを見た人のうち何%かでも、SNSで不用意なことを発言することを控えたり、顧みたりするようになるだけで、インターネットのはほんの少しだけよくなる………かもしれない。本当にほんの少しではあると思うけど。でもほんの少しですらやることは難しいのですごすぎることだ。エフ氏自身が『清濁併せ呑んでキレイゴトを言うつえーやつ』だと私は思ってしまうな。

もちろんそういうのも全く感じずに表田中叩きして分かりやすい悪者キャラ叩きして~という視聴者も確実にいると思うけど。そういう人は多分この作品を見たのと同じ口でXで適当な事案に口を出しては掃き溜め的なムーブメントの一部であり続けるのかもしれないが。まあでもそういうタイプにすら「視聴する」というハードルは越えさせてるのすごいな。芽吹かずとも種を放り込むことには成功している。ほんとにすごい人だエフ氏は。
▲とじる