くそ雑多なひとりごと
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カテゴリ「未分類」の投稿4665件]

共感ツイだ。ワイもそれで井正と沙華の画数減らすために衣装替えを実施しました。

#oreshika
(キャプション自動取得対象外)
馬鈴薯つぶらってプレイヤー男女比が6:4くらいのゲームに出てきたとき、出番はめちゃくちゃ多いわけじゃないんだけど(見せ場もそこそこあるけどメインどころじゃないくらい)人気投票で4位くらいに食い込んで「え!?」ってなりそうなキャラ という認識がある けど伝わるわけないだろ!馬鈴薯はアウトプット少なめで脳内補完情報が多すぎる。

↑は「俺屍一族のキャラ」として人気投票した場合とは異なる想定です


つぶらは小さくて可愛らしくて棘がないけどかなり有能みたいなイメージのキャラなんだよな(心水風高い商人志望)
生まれ時期としても大江山アフターチルドレンにして髪切り世代への繋ぎポジションでめちゃくちゃ噛み合ってる当主



馬鈴薯のときアンケとってたらどんな結果になってただろうな。情報量少ないしで当時はやらなかったし、今やっても割と忘れてるだろうからやらないけど。
トヤマさんはコガネとヒメに投票するんだろうけど(トヤマさんという想定他人)コガヒメはトップ層かというと微妙……いやでも最強の最長寿であるところのヒメは割とインパクトあるし強めだろうか。
トヤマさん(想定他人)は咲良にも入れるだろうな。うんちぶりぶり美少女。

ま~~~~でも総合結果は刀哉かな。刀哉ですね。羽出井と徳甲のアンケ結果傾向も鑑みるにやっぱりこういうポジションが割と来てるので。かつ私の手癖とはちょっとズレるところで、少しナイーブというかデリケートなポジションが強い。うちの一族アンケは。だから刀哉なんじゃないかな。

駅伝のPVっぽい長尺のCMのBGMに『光るとき』が使われていて、「アニメ平家物語のために作られた曲が駅伝のイメソンにされてる!!!!!!!!!!」って動揺したんだけど、歌詞を見ていると確かに駅伝のイメソンとして解釈することも可能なのかも。と思った

羊文学「光るとき」の歌詞 / 歌詞検索サービス「歌ネット」
https://www.uta-net.com/song/312826

荒野を駆ける この両足で
ゴーイング ゴーイング それだけなんだ
明日へ旅立つ準備はいいかい

アニメ平家物語的には:平家の栄華は永遠に続かず、時間が前に進んでいく、いかなければならないことなどを示されているのだと思われる

駅伝的には:ストレートに走ってるのでかなり駅伝っぽい

何回だって言うよ、世界は美しいよ
君がそれを諦めないからだよ

アニメ平家物語的には:平家の衰退、戦や死や滅亡を考えると世界は美しいと考えなしに言うことはできないが、君がそれを諦めなければ世界は美しいだろう、みたいな感じの意味

駅伝的には:ランナーが諦めない限り世界は美しい、と言えるのかも

最終回のストーリーは初めから決まっていたとしても
今だけはここにあるよ 君のまま光ってゆけよ

アニメ平家物語的には:平家が滅亡するのは視聴者的には最初からわかってるし、主人公は未来視の能力者なので『初めから決まっている』が、“今”はここにあるだろう、という感じの意味

駅伝的には:駅伝の結果は最初からは決まってないと思うけど(準備仕上げ段階でほぼ決まると言える?差がつけば逆転はほぼないから、そういう意味では『決まっている』と言える?)
まあ確かに、“今”はここにあるかも。走ってる人的には、こう……



歌詞ってものの解釈のしよう次第感ってなんか面白いな。新曲を作らせるんじゃなく既存曲、それも別にものすごい有名な曲じゃないものをタイアップに使うことを決めたってことはそれなりに意図してのことなんだろうけど、担当者がこの歌詞を見て「めちゃくちゃ駅伝じゃん!!!!」と思ったんだとしたらオタクのイメソン発想と極めて近い思考が発生してる。ちなみに私はこの曲俺屍自一族みもあると思ってます。

別に抱負とか目標とかではないけど…的なやつ
別に達成されなくてもよい。

・短編インディーゲーをいっぱいやりたい
→去年は割と長めのゲームばっかりやってたので。あとニンテンドーストアの新春セールでかなり買っちゃったので。

・そろそろオモコロイベントに行ってもいいのかも
→去年最も視聴したチャンネルらしい。でもイベント系一切行ったことがないので、そろそろ行ってみてもいいのかも…という気持ちになっている。機会があれば。あとタイミングが合えば(遠征短スパンになるタイミングとかだったら別にいいかなという)

・徒歩でサービスエリアに行きたい
→オモコロで見てからやってみたいと思っていたがまだできていないため

・ゴルフがしたい
→空色ユーティリティを見てから打ちっぱなし的なところに行きたさがあったが行けていないため

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正月だしプリキュアウエハースでも開けるか……

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5は見てないんだよな

フィクションオタクの素養が全く無いタイプの人のブログを読んでいた時に見た『物語は嘘だから楽しめない』みたいな言葉がずっと頭に残っている。見たの自体は多分年単位で前なんだけど

『フィクションは嘘』という感覚は私は全くわからないどころか、『フィクションは全部が本当だから楽しめる』、という真逆の結論すらある。

件のブログの書き手は芸能人など現実の存在に入れ込むタイプなのだが、おそらく『現実に存在しているから本当』という感覚があるのかもしれない。存在していないものに入れ込む、嘘に入れ込む意味がわからない。…のかもしれない。これは勝手な想像だけど。

私にとって芸能人や著名人の露出部分はそこそこ嘘、という感覚がある。嘘を売る職業(良い意味で)だと思っているかもしれない。もちろんその中にも“本当”はある。でも、全部が本当だと成立しない世界だと思う。いい嘘をついてくれている、それで楽しませてくれているのだと。
フィクションの登場人物は、そこに描かれる姿が本当にありのままの本物だ。別にその人物を演じているわけではない(何かを演じているキャラはいるが、何かを演じているという“本当”が示される)(描き手に求められるのは上手に“嘘”を描くことだが、そこに言及するとややこしくなるので一旦置いておく)
※ディズニーのような役者システムを取っているコンテンツは少し違うかも


でもやっぱり、何を“嘘”と感じるかはかなり人によるところであり、件の人物が『実在しない人物や物語は嘘(なので入れ込めない)』ことと、私が『実在の著名人はそこそこ嘘(その前提で浅く楽しむので嘘でもいいけど)』はどちらが正しいということもなく、個人のアレだなあと思う。


一方で、私も全てのフィクションを『本当』と感じて入れ込めるわけではない。どうしても入れ込みにくい一部のジャンルがある。具体的に言うと、ステータスやゲーム概念を扱うファンタジーノベルとか、擬人化世界(※厳密には人間化と言えるタイプのもの)とか、アイドルものとかだ。なんかこの辺りはどれだけ作品がアツくても、世間が熱狂していても、なんとなく一歩引いたような目線になりがちだ。自分で触れた時、作品としての面白さは理解できても、己の心が入り込んでいく感覚はどうしても持てない。作品と自分の間に透明なこんにゃくみたいな膜がかかってる感じがある。

これはもしかすると、件の人が『フィクションは嘘』と感じたのと近い感覚なのかもしれない。本能的に『嘘をつかれている感覚』を抱いてしまうというか。なんとなく上記のジャンルにはその感覚があるのかもしれない。自分にとっては。
逆に、多くの人が『嘘』と感じるものを私は『本当』だと感じていたりもする。例えばホビーバトルもの、ホビーに全てを賭けている作品なんかはその一つだ。

これらはそれぞれを否定肯定するところではなく、『嘘』『本当』と感じるラインの位置がかなり人によって違う、という点に着眼している。

件の人はフィクションに対して『嘘』と感じるラインがかなり手前にあって、私はもう少し進んだあたり、私よりもっと先まで『本当』だと感じられる人もいる……みたいな。世界はそれを感性の違いと呼ぶんだぜ。わかったか霊夢。わかったわ魔理沙。ありがとうね。

#-sage
年越してまでトシカイの話ししたくないけど振り返りなどで名前見る機会があったのでまたクチャりたくなってしまった

トシカイ好きの言う『本格ミステリ好きには向かないかもね~』はまあそうだね。って感じなんだけど私はミステリ好きじゃないしミステリ造詣も深くないし基本キャリー勢なのにどうして気に食わないのか……というと、やっぱり人間と社会の描き方が浅すぎるところ(そして、にも関わらず世間的にはそこが深いということになっているギャップ)なんだよな。特にこの評価ギャップはキツめなのかも。

ミステリ的にはちょっと噛み合わないところがある、は割と共通認識としていいと思うんだけど、人間と社会の描き方が浅い、はなんなら否定派とも認識が合ってないところで、そこがずっと気持ち悪く感じてる。みんなはアレを本当に社会だと思っているんですかね。

トシカイって主要キャラや善人キャラ以外は徹底的に薄い。悪い人間は悪い人間という書き割りでしかない、社会もまた然り、というのが本当に浅くて厳しいところがある。テーマ性を考えるとそこは薄くしてはいけないところが本当に薄いんだよな。娯楽転生ざまあ系じゃないんだから。トシカイの社会・人間描写、流石に評価されないでほしいよ。

以上です。

キャラの誕生日は決めない方針でやってるけど1/1生まれってなんかかなり特別感あるので「1/1生まれを与えるならどのキャラか」は考える。うーんミソカさま…ですかね。でもシャレとしては10/10も捨てがたいんだよな。誕生日未設定です。 #TOYAmade

いい記事 #pokemon
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ニコニコ動画とYoutubeプレミア公開された同じ動画のコメント欄見比べてみてる。プレミア公開の方はガチのリアルタイムゆえにほとんど鳴き声の濁流みたいな感じだけど、ニコニコは割と意味のある文章が流れていくんだよな。これはプラットフォームの民度とかじゃなくリアルタイム性によるものだと思うんだけど(プレミア公開は一時停止できないけどニコニコはできる)
ニコニコの人たち、自分がコメントしたいタイミングで動画止めて文字打ってるんだなと思うとちょっとおもしろい。私もやるけど。

ニコニコのコメントつき動画をYoutubeに転載するやつってけっこうあるけど、あれはYoutubeのライブコメント機能ではやっぱり出せない味なんだろうな。前述の通り、ニコニコ“動画”のコメントは『リアルタイムリアクション性+ある程度意味のある言葉』であることが丁度よく見られやすいのかも。ヨコに流れるのも含めて。

昨年はサイトを見に来てくれてありがとうございます。今年も気が向いたらよろしく~makasero

なんか色々やってるけど永遠に変わらずに色々できるとは限らないので、なるべく色々できる状況でいられますよーにって思ってるな 毎年 神社とかで

『想像や解釈の余地を残すよい空白』と『単なる描写不足・不完全さ』の線引きは非常に曖昧なものかなとは思う。私が前者だと思っても後者的に感じる人もいるだろうし、逆も然り

私が「このエンディングは…先の未来はどうなるか分からない、それぞれの受け手の心の中にあるんだ…!!!!!それを公式が確定させるのは野暮なので続編はやらないでほしい!!!!」と感動しているのと同じものを見ながら「話終わってないじゃん!続編はよ!」って言う人もいるからね。それもまた受け取り方の違いなので否定はしないけど相容れないなとは思う。

低解像度ドット絵のボイス無しストーリーゲームとか、ゆっくりボイスのストーリー動画とか、セリフの『感情』情報が原作からは提示されない物語において、『その時登場人物がどういうテンション感か』はかなり人によって解釈が異なるのが面白いなと思う。
私は割と淡々寄りに解釈してイメージしていることが多いかもしれない。同じシーンを見た人がかなり感情出し寄りのFAとか描いてるのを見て思った。

私はボイスがついてるコンテンツも好きだけど、どちらかと言えば最初からボイスという情報を含めるう設計にしているコンテンツが好き寄りですね。ただまあこれってかなり気持ちの問題と言うか気の所為と言うか、何を最初に摂取するかで決まるようなところもあって、後付ボイス情報だったとしてもそれが初見なら『そういうもの』として受け取れてしまうところはあるかも。アニメで見るマンガ原作モノとかだいたいそうだし。でも初見がボイスなしの原典だった場合後付ボイス実装に抵抗感があるという。これ本当に気持ちの問題では?って感じだな。

初見が原典だった場合、自分の中にそれ以上の情報を足して認識したくない感。原典であいまいにされている部分は『受け取る人によっても解釈やイメージが違う』というところも含めて『自分の中では変えたくない認識』なんだろうな。これは声や感情情報だけじゃなく例えばストーリーで敢えてぼかしてる部分なんかもそう。あいまいな良さ、受け手それぞれの中に無数の解釈可能性がある状態という認識を阻害しないでほしい、そこにすごくアレルギーがあるな。でも初見が原典じゃない場合はそれが発動しないのでメディアミックス系初見は問題なくできるというダブスタじみた何か。



初見時に後付ボイスがついている場合は気にならない(例えばインディーゲームで売れた後からボイスが追加されててそれを初見プレイとかなら普通にボイスつきでやる)とは言ったけどレイジングループが例外すぎたというか、あれはなんでボイスが養成所学生起用だったんだろうか。『先入観無しで聞けばそんなに違和感ない』って評価もあったけど事前情報調べないスタンスで限りなく先入観無しで入ってもかなり厳しかったんだよな。

#pokemon ミート&イモって、同時に使うレシピが5個もあるかなりの黄金コンビなのでアルクジラはABAでも全然アリなんだよな。デザートは全然だけど。全料理カテゴリ対応としてはカボチャがほしいところではあるのだけど。でもポテト使ったスイーツってそのうち全然来そうじゃない?そうしたらイモ個体が常駐としては一番いいということになるけど。
つまりけっこうなんでもいいんだよな。ABBのミート特化だけは今いる勢力を越えてほしいところなんだけど

#pokemon それはそうと、常駐しながら回復しつつエナジー稼ぎつつ、全料理カテゴリに対応できる汎用食材・トマトまで供給できる最強モンスターが完成して気分がいいです。ダークライよ、これが“とくいオール”やで(ふがいないひらめきガチャ引き勢)
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開けるか、プリキュアウエハースを



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「レート高そうな引き」って思っちゃった。

#pokemon 公式プレゼントのブロマイド入れる用のアクリルフレーム買った。かなりよき
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ていうか公式連携のネップリプレゼントすごいな。なんか普通にコピー機で金払うやつかと思ったけどタダだったし。
描き下ろしキービジュのあるホリデーと新エリア実装に好きなポケモンが当たるの、完璧に役得すぎる。

現実ベースの世界観でスケベすぎる服装のキャラ(本人が見せつけ趣味とかでもなさそう)を見るとどうしても『それがスケベとされる世界で、わざわざスケベな格好をさせられている人』という情報として受け取ってしまい、あまりスケベさに没入できないんだよな。なんでこの人こんな格好してるの?ってなるから。もちろんその状態を狙っていてそれがうまく出来ているものは別で。

基本的には非現実的で明らかに我々とは常識の違う世界で、非現実的な理由でなんかそうすべきらしいからって理由でスケベな格好してると割と嬉しいな。何の話?

アイドルものとかでスケベすぎる格好をしていると上記の理由で「ええ…」ってなるし、別にスケベ売りじゃないのに妙にセクシー部位に穴が空いている衣装を着せられている2次元アイドルさん(男女問わず)を見ると「この方は何をさせられているの?」が先に来てしまう。

下世話だが私が非現実の方が素直に消費できる理由の一つかもしれない。スケベ以外にも通じる。


そういえばスケベな衣装には「スケベにするためにわざわざ空けた穴」がありがちなわけだけど、和服の袴の腰のサイドに空いている穴を見ると「スケベを目的としていないのに、構造的に結果的に穴が空いていてすごいな。」ってなる。何の話?
まああの穴から直で素肌が見える場合、中の着物を意図的に短くしていることになるのでそれは意図したスケベになってしまうわけだけど。

マンガ編集者の座談会的な記事を読んでた。
『嫌われない、好かれる主人公』という話題の時に編集者の一人が挙げていた『絶対に主人公が嫌われない作品』が、私は“主人公が無理”って理由で離脱したものだったので、人の感性はねえ………無限だねえ………!!!!と思いました。

私の場合は主人公の属性や言動そのものが無理っていうより、『私はめちゃくちゃ引っかかってるのに、作品世界はそれを完全に肯定してるというか全く問題ないですよねくらいの態度で来られる』パターンだけど。同じ設定でも作品内で「ツッコむ側の視点」が少しでも存在してるだけでだいぶ違うんだけどなあ。