映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』感想

見てきた!プロジェクトヘイルメアリーを。
コナンが始まったら劇場激減するやで〜と聞いてはいたけど本当にそうで、見たい時間に見るために普段来ない映画館まで足を伸ばすこととなった。

原作既読です。そっちの感想ログは以下

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ネタバレなしで総合的な感想は……ビジュアルと音と演出と尺収めが優先!ディテールは原作を読んでね!!っていう割り切りを感じましたね。

SFビジュアル想像筋がやわやわで参照ライブラリが極薄なので、原作読んでた時は初心者向けTRPGシナリオみたいな白い部屋しかイメージできてなかったけど、がっつりビジュアル映画ということで「こういう部屋だったのかー!!」ってなってよかった。ロッキーのビジュもなんか多足ザクみたいなのをイメージしてたから「こういう感じかー」てなった。思ったより小さいなと思ったけど(人間よりだいぶデカいのを想像してた)あんまデカいと入らんか。ロッキーの船が馬鹿デカくてわけわからんビジュアルだったのよかった。

もちろんこういう「ビジュアルの明確化」って見たくない人もいるだろうけど(ていうか私が今の私のマインドのままSF読書趣味者だったらビジュアル確定したくない!!って駄々こねてる様が想像できる)こればかりはSF筋が弱々なので助かりますね。

グレースのビジュアルとかは「あんまイケメンすぎても違う気がする」とか思ってたけど、まあイケメンながら役に合ったボサボサ感とかメガネとかでちょっとだけ垢抜けない寄りになってたのでそこまで違和感はなかったかな。随分とイケメンですねとは思ったけど(なんとなくグレースにはフツメンであってほしい気持ち・アリ)

ストラットのビジュアル好きだなー。なんか小説読んでた時は普通に若めで想像してたけど、冷静に考えたらそれはちょっと二次元オタク的想像すぎたな笑 ってなった。そりゃああれくらいの年齢感になるわな常識的に考えて
ヤオのビジュもよかった。近所に住んでるあのビジュアルのおっちゃんが実はヘイルメアリーの乗員だったら「おお」ってなるだろうなっていう見た目

 

とまあ、ビジュアル情報を得ることで解像度が上がったのは非常に良かったのだけど、「そこは省かないでよー泣」となった部分も多かったですね。

尺の都合と、尺の都合があっても優先して描いてほしかったポイント、オタクをやっているとよくぶち当たるやつだ。私もいぬかみっ!のアニメを見てた時原作の大好きなシーンが省かれていて憤慨しましたとも(原作既読ノベル映像化の経験がそこまで遡らないと無い…?)

わかりやすいエンタメ映画にするぞということでエモーショナルを優先しているのだろうなとは思うものの、私が原作を読んでいて最もエモーショナルになった部分がめちゃめちゃ省かれてて「お、おれの感じたエモーショナルは!?」ってなったかな…笑

こういう時思うんだけど、映画から見た自分と原作から映画見た自分を一旦分けて比較してみる機能が脳に欲しくなる。両立しないからな。私が映画だけ見て「よかった!!」てなっても原作目線だと「あのーーー!!!」てなるのはよくあることだし。
原作既読目線の私は「ここ省いて果たして本当のエモーショナルができるのか…?薄味にならないか…?」となっても、映画初見の私は「よかったねえーー!!」って言ってるかもしれない。

なんだっけ、原作と映画どっちから入るべきかというと、まっさら状態流し込み体験がしたいなら原作を勧めるし、SF筋が貧弱でビジュアル情報補強が欲しい場合は映画でビジュアルをイメージに入れてから原作のディテールを吸う流れでもまあ、ありっちゃありだろうか。原作、流石に情報量が50000000000倍くらいあるし、映画では説明を省いて「なんかわからんけどうまくいった」状態になっている部分も全部わかりますからね。

 

以下ネタバレ込み感想です。

 

 


 

 

ビジュアル重視の演出、好みだったものと好みじゃなかったものがけっこうハッキリしていて、ビデオレターの演出はかなり良かった。まず『小説だと地の文で順番に説明してきたことを圧縮して説明できる』利便性。うまいことやってるなーと思う。そして、「うわーこれがビートルズに乗って地球に届くんだ。地球の皆さんもグレースとロッキーの戯れをこうやって目撃するんだ。歴史的映像すぎる。」という興奮があった。小説だと実際どのように地球に情報が戻ってきたのか想像することしかできないから(私はテキストでまとめた論文みたいなのが届くのかと思ってた)(自撮りしないタイプの人類の発想すぎる)いや多分論文みたいなのも一緒に送ってるんだろうけど。

地球を再現する機能については、これは映像化世界線にしか存在しないもの、という認識で受け取ったな。いや実際ストレス軽減用の機能って言ってたから小説版ヘイルメアリーにあってもおかしくはないんだけど、でもやっぱりビジュアル演出優先機能だなーの方が強いな。私はアレ原作世界線には存在しないと思う。絵面の地味化を防ぐための演出だと思いますね。あとなんかロッキーとグレースをエモくするための装置。原作なら怒涛の文章量でふたりの“エモーショナルに繋がる情報”が十二分に受け取れるんだけど、急ぎ足の映画ではそれが伝わらないので代替手段としてエモ機能を追加したんだと思う。

どうでもいいけど私があの船に乗るならSwitch2とか乗せるのかな…いやでも死ぬまでSwitch2で遊ぼうとするやつがあの船に乗れる人員になれるわけないか…ってちょっと思った。

ビートルズを放つシーンで流れてた歌ってビートルズの曲だったりするのかな。そこ知らないジャンルすぎて最初「何?」ってなってから少し考えて「多分ビートルズか…?」ってなってた。ここはこの辺の知識によって読み取れる文脈って感じがする。ていうかあれがビートルズじゃなくて全然関係ないタイアップ曲だったら変すぎるし。

 

問題のストラットのカラオケのシーン、あれは…まあ……なんとなく意図はわかるんだけど、ここでたっぷり尺を使うならグレースとロッキーの協力試行錯誤シーンにもうちょっと分けていただけませんか?とは思ってしまったな。あの辺がちゃんと描けてたならあってもよかったシーンだけど、あの辺省くならなくてよかったシーンとは思った。

多分、映画の尺としてストラットの人間性を詳細に描くのは難しくて、このままだとストラットが『嫌がる人間を無理やり死の片道宇宙船に乗せたクソ野郎』みたいになってしまうから、そうじゃないんだよ、ストラットにも色々想いがあってですね…というのを表現するための……カラオケなのかなとは思う。歌って言外の情報を乗せやすいし映像媒体向きの表現と言えるから。まあわかる、わかるんだけど、すまん、グレースとロッキーのあれこれを圧縮してまで…やる必要あります?とはまあ、思う。

やっぱりね〜〜、圧縮しちゃいけないところまで圧縮しちゃってるなとは感じちゃいましたね。序盤のあれこれとかは仕方ないと思うんだけど、序盤あそこまで駆け足したなら終盤はもうちょっと圧縮ゆるめてほしかったという気持ちはあった。特に、タウメーバの進化についてはグレースとロッキーがふたりで協力して導き出すのがアツいポイントだと思うので、ロッキーが寝てる間にやっときました^^は流石にエーーーー!?ではある。あそこでグレースが諦めずに試行錯誤する姿を受けて、ロッキーがグレースを救う流れに繋がる非常に重要なシーンゆえに…そこは…だめだろ!圧縮しちゃあ!

構造の美しさよりもエモ演出優先かい!!という場面は非常に多く、そこ、そこのエモに尺を取るくらいなら、あの、、!!ってノリだったのは否めないな。グレースが生存した理由の説明一切無しは大胆省きすぎてすごい。まあ、そもそもエリドがどういう星かっていう説明自体をかなり省いてたので、映画だけ見る分には流せる範囲なのかもしれないが。どうなんだろう、どう思った?原作未読映画初見世界線のトヤマは。でも流石にグレースがヘイルメアリーに乗せられた理由は映画だけだとめっちゃモヤりそう。もしくは己になんらかの見落としを疑うかも。

ていうかグレース最後も若いままだったしな。それはちゃんと50代にしていいんじゃないすか?とは思う。圧縮とか関係無しに。あの環境が整うのも地球に帰れる体制整うのも爆速すぎる。「なーんだ結局なんとかなっちゃうじゃん」という印象は否めないですよね。お前も流石にそう思うよな?原作未読世界線のトヤマ?

あと原作読了トヤマが興奮してた『言語理解が深まったゆえにめっちゃ流暢になってるロッキー』も見れなかったし!泣。あくまでマスコット的な存在で最後までいくんだねえ映画のロッキーは。そうかそうか。いや、ここを残念がってるのは私と同じヘキを持ちし者だけだと思うけど。ていうか、翻訳を通さなくても意思疎通ができる状態にまでなった、というのが映像だとけっこう再現しにくいのは、それは、そう。

エリドでのグレースがピアノでエリディアン語を奏でているところもけっこう映像で見たかった部分なのでなくてちょっと残念。でもエリディアンキッズたちがけっこう個性豊かなビジュアルだったのは解像度上がってよかった。色とか違うんだ。(エリディアン同士ではその個性は認識できないだろうが)

 


 

そんな感じかな!色々言ったけど全然観てよかったです!何より、普段小説読まなすぎて『原作既読状態で映画を見る』って体験がほぼ無いので、映像化にあたっての翻訳具合(※言語ではなく表現としての翻訳の意)とか、改変に対する個人的な所感とかが得られて面白い体験でした。こういうのに自分がどう感じるかを知りたくて原作読んできたみたいなところがあったので。

あっそういえば映画版のロッキーは「ハッピハッピー」言ってて「しあわせ、しあわせ」とはだいぶニュアンス違うな。って思った。