2ヶ月くらいかけてゆっくりプレイしてました。そしてクリアしました!いいゲームでした。

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この記事ではネタバレなしで感想とか、あと未プレイ向けのレビューじみたことを書いてみますが、それによって内容が察せられるところもあるかと思いますので、プレイする未来が確定している方は読まない方が良いかなと思います。プレイするか迷ってたり、どんなゲームか気になる方はどうぞ。
ネタバレ全開のプレイ中壁打ちは↓から

ゲーム概要周り

魔法少女版ダンガンロンパという認識で概ね合っています。10人ちょっとの少女たちが閉鎖空間で生活し、殺しが発生したら裁判で犯人を特定して、処刑が実行されるというのが一連の流れですね。裁判場がぐるぐるする演出もあります。
フォーマットはダンガンロンパ、さらにその源であろう逆転裁判の流れを汲んだフォロワーゲームという感じ。ただし、制作規模が上記のゲームよりは小さいため、グラフィックや事件の凝り具合は流石に及ばずですね。これは比較して優劣っていうより、ダンガンロンパは流石に関わってる人が多くてリソースが豊富だよね、くらいのアレです。まのさばは基本的には立ち絵(スチル)+テキストボックス構成のノベルゲーム的な進行になっていて、裁判の時だけちょっと議論で発言を突っつく操作が挟まる程度ですね。ダンガンロンパのミニゲームのようなものや、逆転裁判で操作時にマップのオブジェクトを選択するというような要素はないです。
じゃあそれはなんだ、ダンガンロンパの縮小版で、そのキャラが美少女で統一されていることだけが特定層向けにアドなだけかと言われると、そういうわけではないですね。フォーマットを踏襲しつつ独自の味わいを成立させているゲームだなと感じました。ただ同じフォーマットのフォロワーゲーを作ろうとして作っているというより、『これがやりたかったんだな』が明確で、そのベースに踏襲先があるという感覚だろうか。楽しめました。
ダンガンロンパがそもそもキャラゲー的な趣の濃い作品で、こういう作品の面白さを成立させるには個性的で魅力的なキャラクター群は必須だと思うのですが、それもしっかり満たしていて、全員にまんべんなく愛着を抱くことができました。なんだかんだでやっぱりキャラが重要なゲームなので、キャラについては次次項で色々書きます。
ゲーム部分で気になったところ
よかった
・ミスのペナルティがほぼなく、ピンとこなかったら総当たりでもなんとかなるところ
(一応時間切れはあるけど、よっぽどモタモタしてなければ時間内に総当たり可能なくらいだと思う)
→指摘箇所が分かった時は気分よく当てていけ、分かんない時は変に詰まらず進められるので、ゆるミステリーゲーマーにも優しいと思った。

▲心証が悪くなった、とか言ってるけど特に不利になることはなかった。
・バッドエンドの情報量が豊富
→度々表示される選択肢の片方はバッドエンド直行なのだが、デデーン!死にました!END…みたいな無意味なバッドエンドはほぼなく、回収を楽しめてよかった。
バッドエンドに向かう選択肢にはドクロマークがついているので、行き止まり潰し症候群にも優しい。(設定でオフにもできる)

きになった
・バッドエンドを先に回収すると展開がある程度予想できてしまう
→バッドエンドの情報量が多くて楽しく回収していたのだが、バッドエンドの情報量が多いゆえに「バッドエンドでこういう姿を見せるなら本編ではやらないんだろうな」が積み重なり、やや展開透けになってしまった。
最後までクリアしてもバッドエンド見た数が何かに作用することはなさそうだった。なので、これから初見プレイする人は選択肢出たところでセーブして正解を選んでいき、バッドエンドは後で回収でもいいかも、と思った。
・裁判中の早送りすると指摘したいセリフが飛んでしまう
→多分多くのプレイヤーが思ってそうなところ。
早送りの仕様として、『セリフを早送りするとセリフが途中で途切れて次に行く』というのがあって、その挙動のせいで指摘したいセリフまで飛んでしまってまた早送りしなおさないといけない…というのがややタルかった。
このシステムはダンガンロンパのノンストップ議論と同じようなものだったけど、まのさばなら逆転裁判の尋問みたいにセリフの前後を送れる形の方が合ってた気はする。
また、途中非常に長いノンストップ議論が展開することも多く、これは指摘箇所探しに周回するのがけっこう手間なのでもうちょっと短くまとめてもろて…とは思った。
・できればロード画面で最新のセーブデータのあるページを開いてほしい気持ちがある
→2カ月かけて毎日ちまちまプレイしてたプレイヤー視点。毎回ページネーションして最新のセーブデータを探してロードしていたため。
・ナレーションにもボイスをつけてほしいかも
→これは非常に個人的にフルボイスノベルゲームに思っていることなのだが、『フルボイス+オート再生』ならワンチャン作業中に流すようなこともできるかな?と思ったらナレーションは無声なのでそういうのは難しい、っていうのが中途半端だなと感じる。いや、今回のプレイではそういう垂れ流しはせずプレイしてたんだけども。『裁判パート以外は作業中にオートでもいけるよ!』って時間の無い友人に勧めやすいじゃないですか、ナレ読み上げがあったら。
キャラクター関連の所感(めちゃくちゃ個人的な感性によるもの)
具体的なネタバレはしていませんが、前項目よりも“察し”になりやすい話をしているので一応ご注意ください。察しを気にしない人や、キャラの扱いに関する温度感を把握してそれを保険にしたい、という場合はプレイ前でも読んでいいけど、まあプレイ後の方がいいかも……みたいな。そんな感じです。
なんか、『キャラカタログアプリゲーみたいな温度』という感触がありました。いや、別にガチャとかカード集めとかをするわけじゃないんだけど。個別イベントとかがあるわけでもないんだけど。
ダンガンロンパも勿論キャラがそれぞれ個性的である種カタログゲー的なところもあるんですが、あちらは割と『ストーリー中に活躍せず、ちゃんと語られずに消えていくキャラ』も割と多いというか、構成上そういうキャラが出てくるのは仕方ないものとして処理している印象はありますよね。もちろん自由行動イベントである程度の掘り下げはされているわけですが。
まのさばって『本編内でできるだけ全員に見せ場を作って、全員にバックグラウンドを語る機会を与えよう』という思想がかなり強いように見えます。引いては全員を愛してほしい〜〜〜!!!!という熱を感じる。誰を好きになっても損はさせません!!満足して帰っていただけます!みたいな。そういうところが私にとってはキャラカタログゲー的な趣でしたね。ダンガンロンパよりも作り手がひねくれてない感じある(ダンガンロンパに対するひねくれ評は褒めでもあります)
キャラみんなを愛でられる作り、熱量、いいことじゃないですか。というと、まあ基本的には良いことなんですけど、これデメリットもあって、察せてしまうんですよね。犯人とかが。この手のゲームにおいて『犯人』になることってとても大きな意味があって、つまり自白から処刑まででが掘り下げの大チャンスなんですよ。『あのキャラまだあんまり掘り下げられてないな、そろそろ犯人なるか』と思っていたら本当にそうだった、というのが終盤多かったので、掘り下げの平等意識を持つと展開透けは避けられないのかもしれない…と感じました。犯人云々以外でもなんとなく察せるところけっこうありましたね。
展開がある程度透けてしまうというのはデメリットですが、逆にこういう平等意識がオタクに優しい方に働く場面も多いです。制作側に『特定のキャラを好きになった人に損はさせたくない』という真心がある(ように感じる)のはもちろん美点ではあるので、光のキャラオタクに優しいデスゲームものだなって思いますね。
すごい変な日本語だ。『光のキャラオタクに優しいデスゲーム』って。甘いキムチみたいな。? 私はマジでこれ一長一短だとは思うんですが。
ダンガンロンパってマジで“ひねくれ”のキャラゲーであり、性格悪いこともするし、キャラは必要なところで生きて必要なところで死ぬ、という扱いが主であるのかなと思います。良くも悪くも駒であるというか。キャラ肩入れが強かったり現実的な倫理観に寄ったプレイヤーだと、好きになったキャラによっては『ぐぬぬ…これで…これでしまいっスか…』という思いをすることもあるかと存じます。
しかし、キャラを駒的に扱う公式の優位点はやはり『予想のつかなさ』なんですよね。どうなるか分かんないからワクワクする、というのはやはりありますし。キャラオタマインドよりもシナリオ的なドキドキを優先したい人にとっては、まのさばの真心は邪魔ってこともあるかもしれません。
まのさばのキャラの作りと扱い、真っ直ぐですよね。『なんだかんだみんなけっこういいコ』で落ち着く感じはある。みんな負の側面があるし罪を犯していたりヤバいことしてたりもするけど、根っからどうしようもない人っていないというか。なんかキャラの提示が真っ直ぐなんですよね。そしてそれは美点でありつつ、ひねくれ者にはちょっとハマりきらない要因にもなるかなって思います。私のことなんですけど。
『まのさば、良かった!面白かった!(好みかどうかは別として)』って人は自分以外にも割といる気がする。まのさばプレイしながら『結局私は公式がちょっとひねくれてるくらいのモノに琴線を刺激されやすい性質なのかも』ってめっちゃ思ったもんな。どうしようもない感じのヤツがいないと物足りないみんな〜。はい。
ただ、ロンパへの世間的な反応なんかを見ていると『(真っ直ぐなものを是と感じるキャラ好き目線で)好きだけど…ぐぬぬ…どうしてなんや…うう……』みたいなのはけっこうあるかなって思うので、まのさばってそういう層には優しくて、とても向いているんじゃないかなと。なんならこれ制作側が『こういうのがいいんだよ!だから俺らが作る!』のマインドでやってるんじゃないかとか想像してしまいますね。実際はわからないけど。全部想像です。もちろん、仮にそうであったとしても先達へのリスペクトは十分に感じます。
キャラゲーであることは両作同じなんだけど、より純粋に光のキャラオタクしやすい作りになっているのが『まのさば』(そしてその真っ直ぐさが捻くれ者にはちょっと物足りなくもある)っていう感触ですかね。マジでマジでこれってどっちが正しいとかなくて、個人個人の趣向次第だろうなって思います。つまりどちらも存在することが世の中の豊かさってことで…
重たい話だし人が死にまくるけどなんか作者に真心をめっちゃ感じる、っていうのはちょっと鬼滅の味もするかもな…伝わるか分からないですが。
余談ですが、真心満載だけど絶妙なひねくれマインドも感じるハイブリッドキャラゲーがグノーシアだと思います。これは完全に感覚でモノを言っています。パラノマサイトのキャラもこっちタイプのバランス感かな。パラノマはどっちかっていうと『裏切っていい役どころと裏切っちゃ駄目な役どころの見極めが死ぬほどうまい』感じかも。真心とクレバーさの塩梅が絶妙。まのさばはクレバーさはあまり感じず、ひたすら実直な真心と愛情で押してくる感じがする。あくまで個人的にそう感じた、という話です。

