なんだかんだのリストオフ
エンディングまでのループは特にランダム要素無い&一度見た話なので、今の感覚で思ったこととかを書いていこうかな
Day0
先のこと考えてない&ノリとカンだけで喋りかけてくる組に絡まれてるラキオ、改めて見るとすげえじわじわくるな。イラっとしつつ何か言っても通じ無さそうな相手には何も言わないのもラキオっぽい。ラキオ、いっぱい喋るけど喋っても意味無い時はガチで黙るよね(絶敵時とか)
そういえば絶敵ラキオ冷凍回避結局見れてないな~
ジナのこれも好き。というかジナの喋りこそ『言語伝達で抜け落ちる前提情報のやつ』って感じで面白いな。というか2周目の途中で『ジナとフード理論』の与太話したけど、ED直前にもこういうやりとりあるの見るとやっぱり食と善人キャラって繋がり深いんだなあって感じてしまう
ジナって本当に言語コミュニケーション得意ではないんだろうなって思うし誤解を受けることも絶対あるんだろうけど、それでも『多くの人に愛された』のはED文言の通り彼女の誠実さとか真心みたいなものが溢れてるからなんだろうなあ。
語彙力のないレムナン好き。でも機械の話してる時は5億倍くらい語彙増えそう
ここ良いよな~~~~~~!!!サラっと自分のその後を分かってる発言するセツ~~~~
改めて見てもグノーシアのテキスト良いよな~~……グノーシアのテキストのどこが好きってやっぱり『限りなく短くまとめたテキストの中にこれでもかってくらいの情報量を入れてくるところ』なんですよね。『セツを抱きしめた』とか特に
もちろんイベントや汎用台詞の『総量』はかなり多いのだけど、『一つのイベントや話』って区切りだとテキスト量はそんなに多くなくて、このDay0エンディングのイベントですら100台詞にも満たないんだよね。(真エンドは流石に倍以上あるけど)
でも内容が薄いとか意味が分からないってことは全くなくて、濃ゆいキャラ情報とストーリーと感情が詰め込まれている……っていうのがさあ~~!グノーシアの凄いところなんだよな~~~!!
これは私が二次創作でマンガとか描くオタクだから思うことかもしれないけど、やっぱりどうしても『物量を増やす』ことで情報量を増そうとしてしまうんだよね。でも多分本質的な意味での『情報量』って物量とイコールとは限らなくて、無駄を省いて研ぎ澄ませて洗練されたようなテキスト量で受け手の頭にスっと流れ込んでくるような……そういうのもあるじゃん。私はそれが全然できないので、それができているプロいテキスト読むとああ~~~~~~!!!すげ~~~~!!!!ってなってしまいます。グノーシアのテキストはすげえよ…
もちろん鈍器みたいな分厚い小説や100巻以上出てるマンガみたいな圧倒的物量を読み切った時の充足感も絶対あるんだけど、それはそれの良さ・これはこれの良さとしてグノーシアの『絶対に冗長にならない、でもキャラクターが生き生きしていて、伏線を完璧に回収していて必要な説明は大体してて情報量にあふれたテキスト』が…サイコーーーッ……なんだよなあ~~~……
だからこの短いエンディングテキストにそれぞれのキャラの何十年先の人生が詰まってるの~~~!!!!グノーシアのテキストはすごいんだ・・・・・・・・
すごいんだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2周目で撮ったスクショ)(1周目とは別画像としてアップしてる)(サーバーの負荷)
LOOP1
行くかぁ!トヤマの真エンドデータ上書きするわよ セーブスロット163932437920347個欲しい
ユーザー切り替えで増やせるとは言えね~
これ、映画でも苦言を呈するんだな…笑 1周目は釣りだったからそりゃ苦言呈するわい!って感じだったけど
ここも前述したグノーシアのテキストの良いところ溢れてるな~~と思うところだなあ。本当に短いやり取りの中に『セツがループして知ったSQがどんな人なのか』というニュアンス、ジナがそれを真っ直ぐに受け取ってくれてる様子が伝わってくるし、このループのSQの“その後”が目に浮かんでくるような こんな、こんな短いやりとりに……
フン……悪くなかったぞ(孤高の婆ちゃん)
うーーーん……””””愛””””なんだよな…………
ラストシーンも『短いテキストでめちゃくちゃ伝えてくるやつ』の結晶だけど、更に言うとグノーシアのテキストのもう一つのすごい点である『作中台詞とメタ要素のダブルミーニング的なやつ』も含まれていて本当に…すげ~~~~~っ………ってなりますね……いつ見ても…………
『グノーシアという作品世界の中にいる“主人公”とセツ』を示す言葉であり、『グノーシアというゲームをプレイしている“プレイヤー”とセツ』を示す言葉でもある、っていうのがね~~……どっちかだけじゃないんだよ。“主人公”と“プレイヤー”、両方に語り掛けるような台詞なんだよな。それは『セツ自身の言葉』でありながら『ゲーム制作スタッフからの言葉』でもあるという。
だからこそ、最後のこの画面なんだよね~~~~~~~!!!『グノーシアという作品世界の物語』を過不足なく完結させながら、『制作者からプレイヤーに対する“遊んでくれてありがとう”というメッセージ』を含ませてくるの、グノーシアのテキストとゲーム演出と制作者の愛~~~~~~~~~!!!!!!って感じで何度見てもため息出ちゃうな~~~~~……いやあ~~~~~……
以前の記事でも貼ったけど本当にこれで、これなんだよなあ。
Q flavor:
先ほどの話のように、『グノーシア』は遊んでもらう人の心理とか、プレイヤーと開発者の信頼関係も大事にしているので、そういうことはしない方向に決まっていったのかなと思っていますね。
めづかれ:
結局のところメタ構造で表現手法を間違えると、場合によって冷めてしまう可能性があるので、その部分には徹底して気を使いました。
しごと:
『グノーシア』はプレイヤーが100ループも200ループもするんですよ。それに感謝こそすれど、制作者が文句をつけることなんて、できないですよね。
これなんだよなあ・・・・・・・
『自分たちの作ったものに触れてくれる、時間をかけて遊んでくれる人』の存在をすごく意識されていて、それは何かを作る人にとっては当たり前かもしれないけど、でも忘れてしまいそうになる(こともある)ようなことでもある気がして、だから『制作者とユーザーの双方向性』みたいなものを本当の意味で意識し続けているのが本当にすごいな……と思います。
かつ、作り手の気持ちや自我だけが滲み出てくるようなテキストではなく、あくまで『ゲームシナリオやキャラクター描写を過不足なく完成しきっている』上で同時にその気持ちも込められている、っていうのがさ~~~……すげえゲームだよ……
私はゲームプレイ経験自体はそんなに多いわけではないけど、その多くない中でハマりこんだタイトルで何度かこう、色々、色々あって……色々あったので……こういう作り手から受け手に対するマジもんの誠実な愛をぶつけられるとうわ~~~~ん!!!ママ~~~~!!!!ってなっちゃうよ グノーシア、私のママなのかもしれない(ママではない)
マジで出会えてよかったな。グノーシア
以上、グノーシア2周目プレイ記録でした。ここまでお付き合いいただいた方がいましたらありがとうございます。
私はグノーシアのテキストと違ってとにかく冗長にしないと情報と気持ちが込められないのでひたすら長くて、長いのでアレなんですが、それでも見てもらえているならとても嬉しいです。グノーシアがサイコーのゲームなのでなんやかんやで2周目もフルでプレイ記録完走できちゃいました。楽しかったです
ジナのイベントがまだ見れてないので、また少し期間は開けるけど3周目もやります(記録は流石につけないと思うけど)