この記事最初好きな絵について語ってたんだけど、なんか絶妙に伝わり難い上にめちゃくちゃ齟齬りそうな書き方してたのでカットしました。なのでこの後の話が微妙に繋がらないかもしれない
短くまとめると『好みの絵“柄”は色々あるけれど、一番魅力を感じるのは作品や物語やそのシーンのために描かれたキャラクターの絵』みたいなことをダラダラ書いてた。50文字で要約できてるじゃねーか
顔のパーツだけでなく、髪やポーズや色んなものを使って全身で表情を表してるような生き生きとした絵が好きだし、そういうのが描けるようになりたいよな〜…と思う。
例えるなら表情設定『喜』『怒』『哀』『楽』ではなく、『状況A・人物1の前での喜』『状況B・人物2の前での喜』『状況C・誰にも見せてない喜』…みたいなのが私の好きな絵なんだと思った
その視線の先にあるもの
色んな要素が組み合わさって『全身で表情を感じる絵』ができるのだと思うけど、1番これ!!というものを挙げるとすれば『その視線の先にあるものを意識している絵なのかどうか』なのかなあ。私が魅力的だと感じる絵は。(糸目とか盲目キャラとかそもそも目が無いキャラとかもあるけど、そういうのも“ない”なりの視線が“ある”ような気がする)
その目線の先にあるのが誰か人物なのか、それともぼんやり空を見上げているのか、不意に目の前を通りかかった猫に視線を奪われたのか…エトセトラ、『目線の先にあるもの』ってめちゃくちゃそのキャラ絵に影響を与えるじゃないですか。それだけで物語生まれてるじゃないですか
ボイフレにハマってた時も、『カード絵で描かれる、ヒロインを見るカレの表情』と『友達とワイワイやってる時の表情』の違いとかにめちゃくちゃ興奮してたことを思い出す
目線が特に定まっていないとキャラの設定画や雑誌の表紙みたいに『どこの時系列というわけではないがとりあえずどこかを向いている絵』みたいになってしまうし
私がこの手の絵を全く描かないってわけじゃないんだけどね というか普通に描いてるけど
『特に視線の先とか考えてない絵』
…こういうのね!!!笑 コスプレ系ーーッ!!
あと家系図の絵とかもそうだよね(羽出井なんかは相方とセットなのでけっこう視線と表情出てて良いなって思うけど)
こういう絵ってマイフェイバリット絵には選出しづらくて、じゃあどれがお気に入りだろう?と考えて浮かんでくるのってやっぱり『表情を感じる』や『目線の先にあるものが明確な絵』な気がします。
気に入ってる絵を挙げるだけ
もちろん最近1番頑張って描いた絵は徳甲一族の集合絵なんだけど、これも一応1つ1つのキャラの目線やら何やらめちゃくちゃ意識していたのだけど、線も塗りも頑張った絵はやっぱりそこ加点されちゃうじゃん!笑 だからあれは置いておいて…
あ、ここからめっちゃ自画自賛タイムですが いいですか?!
自分好みの絵の話なんだから自分の絵を出してくるのは当たり前だよなあ!!自分を満足させるための絵なんだからよお!そうだそうだ!
ということでらくがきの中だと…
まあこれとか…
この2枚セットとか…
これとかは特に『マンガとかで前後描いてるわけじゃないけど描きたい表情描けてて良いね…』って自分で思ってるやつかな……
この辺はぐちゃっとではあるけど背景もあるし『普通にある』って感じのシュチュエーション絵なので分かりやすいけど
このあたりは時空不詳系らくがきだけど時空不詳なりに全身で表情描けてて好きだな…ってらくがき
言ってなかったけどこたつ赤の1番気に入ってるポイントは『左にはみだしてる足』です。笑
ていうか並べて気付いたけどこの2枚、謎に要素被ってるのウケるな!?
この辺は単体絵として表情出てて気に入ってるやーつ…視線の先はもちろん鬼(きららのは三ツ髪、姫子のは鳴神小太郎)
相方戦闘不能でヤケクソクリティカル連発してる姫子・無傷で三ツ髪殴りに行ってるきららだとけっこう温度差あるけど、きららは『そういうポジションに入るつもりなかったのにエースとしてぶん殴りに行ってる人』なのでちょっとニュアンス違う感じ…かなとか
この時も書いたけど、昔の絵のギンギラ具合も好きなんだけどボイフレ以降くらいの絵は感情とかキャラの描き方とかが好きすぎるな…って感じなんだよな
まあ、『その作品やキャラのことを知ってる、好きな私自身』だからこと『良いなこれ…』って感じる、というのもかなり大きいんだけど。笑
そうそう、昔は割と『好きなキャラのイラスト超積極乞食派』だったんだけど、最近はそういう感情が割と本気で消えてて面白い。(勿論今昔問わず人様に描いてもらった絵はご好意の形という意味も大きいので非常に嬉しくて有り難いことで、今も大事に保存してますが)
それもつまり上記のような理由なんだろうなあ。本当にめっきりさっぱり乞食しなくなってしまった
乞食しなくなったせいで『人にプレゼント的に相手の好きなキャラの絵を描く』というのもほっっっとんどしなくなっちゃったな…(昔はマジでめちゃくちゃやってた 誕生日の度に他人の好きなキャラ描いてた)
私が人の一族描いてる時、マジで描きたくなっっちゃったって理由なので
過去の自分を知ってるから『描いてもらえたらとにかく嬉しい』って気持ちも当然知っているんだけど、どうしてもなんかこう…
今は『その人がその人の好きなものを描いた絵』が一等好きなんだよね。あ~、この人こういうところが好きなんだ…とか、この人にはこういう風に作品やキャラが映ってるんだ…みたいなのがビシビシ伝わってくる絵が本当に好き。気持ちが超昂ぶるのを感じる
これよく言ってる気がするけど『同じものを見て万人が全く同じように受け取ることは絶対ない』という考えが根底にあるので、創作(感想文なども含む)は他人の視界の一部を共有してもらえることだと思ってます。
すごいよね。私には見えないような視界を共有してくれる人がこの世に溢れてるのって
2020年自分が選ぶ今年上半期の4枚
タグツイートは結局しなかったんだけど見かける度に考えてた
1枚はまあ確定で徳甲集合絵になるわけだけど、上記の基準でこれを考えるとですね!!必ずしも色付きの絵が選出されるというわけではなくて
こういうのの切り取りになるな・・・・・って思うんだよな
なんかここのコマ本当に気に入ってるんだよ わかりやすく感情が爆発してるようなシーンではないんだけど、緋ノ丸に関してはこのコマがクライマックスくらいに思ってます。この表情が出てからエンディング曲がフェードで流れ始めるくらいの。私は120ページ使ってこの緋ノ丸とホッシーのやり取りが描きたかったのかもって思えるくらいの
これと同じくらいすぐにパっと頭に浮かぶのは凪左助ラスト補完の前編なんだけど、これはなんか安易に切り抜いてくるのが憚られるのでリンクだけで(というかこれは上半期ではなかった)
いやもう徳甲の補完に関しては『全部~~~~~~~~~~~!!!』って言えちゃうんだけどさ~~!?(プレイヤー本人が1番情報量多くて自分の描きたいものを汲み取ってくれるので~~~!!!??)(自分さんありがとーー!!)
このあたりの絵、数年後とかに見たら『下手だな~』と思ったりはするかも知れないけど(というか徳甲初期の絵でももう下手だなって思っちゃってるけど)、多分いつ見ても『いい絵だな』とは思うと思うんだよね。キャラや作品に対するその瞬間の熱量と解像度の高さで描けるのはその瞬間の自分だけだから
もしこの先画力が上昇したとしてもリアルタイム時の熱量は二度と再現できない、その作品やジャンルにおいて未来の自分は過去リアルタイム時の自分に絶対勝てない。だから『1番アツかった瞬間に描いた絵』はいつ見ても良い絵だな…って思います。ボイフレのイラスト・らくがきもそうなんだけど
絵とか語り文とかやってて良かったなって思うんだよな なんか そこに込められた熱量を感じると
余談 熱量の話
本命と言えるようなメッチャ・好き・作品色々あるけど、その熱量が常にマックスって絶対ありえないと思うんだよね。Twitterでもよく言われるやつだけど
Twitterバズり文だと『殿堂入りした』『心の中の大事なところに置いてあるから冷めてるわけじゃないんだよ』みたいな結論がつきがちだけど個人的にあまりしっくりこなくて、うーん…
『冷えていく』ではなく、例えるなら『サウナから出て常温の空間に戻ると徐々に体温戻っていく』みたいなイメージなのかな…?
勿論大好きなままなんだけど、やっぱり当時の自分には勝てないんだよな…というか、リアルタイム時の自分に勝つ必要って無いと思うんだよね。勝てるわけないじゃん だってアイツ、リアルタイムの中にいるんだぜ(このリアルタイムとは連載やアニメ放送中などとは別に『発売は昔だけど今初めてプレイしてるから今が自分にとってリアルタイム』みたいなのも含む)
リアルタイムで情報が入ってくる中に身を溺れさせて思考回路全部総動員してる自分に、リアルタイムから外れた自分が勝ってたらそれはバグじゃん?リアタイ時の自分に失礼では?と思うんだよな(全部終わってからじわじわ効いてくる遅効性の作品もあるかもしれないけど私はなったことない)
そして私はその『リアルタイム』がずっと続くことは別に望んでいなくて、好きなアニメは予定通りの話数で完結して欲しいし、ゲームはエンディングまで見たいし、続編やウン十年越しリバイバルして欲しいとは思わないし、人気や需要によって無理に尺伸ばししてほしくないし、とにかくちゃんと終わってほしいし雑巾的コンテンツリサイクルしないでくれ後生だから派だからね…当然二次創作で熱を繋ごうってタイプでもないし
私は『ちゃんと完結してくれたらそれを一生大事にしたい』タイプなので常に熱量がマックスって絶対ありえないんだよな。『完結のタイミングで熱量マックス』が理想の作品体験になるのかな…(完結のタイミングであれ?は?ってなって急速に死ぬ場合もあるため)
徳甲一族、マジで熱量マックス状態で最後まで突っ切れたので本当に大事な没入体験になりました。補完妄想で思考回路ギッチギチにしてたのもあるけど、何よりゲーム自体 最終決戦の緋ノ丸や色んな遺言とかの巡り合わせがな ほんとにな ほんとゆっくりプレイしてたしな
自プレイ一族だからこのプレイ世界線においては絶対にこの先を本筋として描かれることはないし(クリア後妄想系は完全にファンアート脳でやってる) いや 良かったんだよな……もう絶対外的要因で変わらない完全な完結したからな…良かったな…クリアできて…
リアルタイム時の自分の感情や熱量を大事にできたら私はそれで良いのかなあって感じなのかな。だから絵や文章って形でその純粋な熱量が残ってるのって本当に良いんだよ。流れていったり日常と混ざってたり評価点視覚化されるツイッターじゃなくてブログやプレイ記で長文書きたがるのはそれだから良い
今の時代個人サイトはSNSからの代替手段にはなり得なくて、(交流や数字を得るために個人サイト…の時代には絶対戻らないと思うので)その分マイペースに熱量保存できるっていう唯一無二の利点があるので、そうしたい人は個人ブログ本当におすすめです
別に熱量を記録する必要がないと思う人もたくさんいるだろうけどね。私も別に必須とは思ってないし
サイトやオエビ時代から15年以上一方的に観測してて同じキャラで変わらない熱量のイラストを描き続けてるとんでもない人とかも知ってるけど(その人のことめちゃめちゃめちゃ好き)、だからってリアルタイムをアツい感じで駆け抜けて別作品に入れ込む人と優劣は無いんだよな…ってよく考えちゃうんだよな。多分これも価値基準というか個人差というか、記憶力とか熱量保存の仕方とか脳みそのシステムが違うとかそういうことなのかなって思ってます。色んな人がいるし
オタクとコンテンツは別に夫婦とかではないので浮気とか一途とかそういう概念自体が存在しない
だからエンドロールBは記憶の鮮度と解像度がなるべく高い状態で、今年中には終わらせたい(出、~~~~!!!)(今何%!?)(石榴まで終わったから丁度50%くらい!!!!)(4万字越えてる!!!)(助けて!!!)
推敲はどのタイミングでもできるからせめて初稿はさっさと仕上げたいけどね
毎回これ言ってるから最早定期進捗報告だなこれは
なんだっけ?好きな絵の話だった
なんかまとめ
・一次二次問わずそのキャラや物語、その瞬間を描くために描かれたような、全身から表情溢れるような絵がドチャクソ好みだと気付いたので言語化した
・自画自賛タイムに入ったのでその基準で自分の気に入っている絵を挙げ始めた
・そういう絵はやっぱり『リアルタイム時の熱量』で生み出されてるよな、と思った
・その作品やジャンルにおいて『リアルタイム時の自分』にはいくら絵が上手くなっても敵わないし、別にそれで良いと思う。寧ろリアルタイム時の自分が最強であってほしい。
・だから当時の熱量産地直送な絵や長文が保存されているとうれしい
・作品やリアルタイム体験に対する熱量があって全てで表情が表現されている絵がもっと描けるようになりてえなあ
・エンドロールBはやっと半分くらい