息吹の様子がおかしいことに気付いた
何か悩んだり、思い詰めたりしている風だ
こういう状況自体は特に珍しいことではなかったし、考えていることが顔に出やすい彼女の内面を挙動から察することは、例えおれでなくても容易だと思う
しかし彼女は当主になってからは考え込むことは多々あっても、思い詰めて抱え込むということは少なくなっていた。…多分
当主としての務め、鬼との戦い…
皮肉なことに、それらが彼女から悩み立ち止まる時間を奪っていたんだろう
だとすると、今になってまた彼女が一人で何かを抱え込んでいることに説明がつく
死期を悟り、戦いを退いたことで…あれこれ悩んだり後悔する時間ができてしまったんじゃないかな
…全部、おれの推測だけど
なんとなく、その悩みの内容についても思い当たるところがある。多分おれのことだ
自覚はないかもしれないけど
最近の息吹はおれの顔を見て明らかに申し訳なさそうな表情になっていたし、
彼女の性格を考えるとおれに苦労をかけたことを悔やんでいるとか、そんなところじゃないかな
…別にそんなこと、考えなくたっていいんだけど
母さんが息吹を立ち止まらせないために当主を任せたこと、それは狙い通りだった。
でもきっとここまでは想像できなかったんだろう 母さんは強い人だから
…察することができるだけで、気持ちを理解してあげられないのはおれも一緒か
こういう時はどうすればいいのだろう
やっぱり慰めた方が良いのだろうか
おれは人の機微に疎くはない方だと思っているけど、その上で相手を思いやったり、こちらから働きかけるのは苦手だった
母親であるうららさんがいなくなって泣いている息吹を慰めた時だって、
泣きたければ泣いてもいいとか、おれがそばにいるから、とか
そんな月並みすぎる言葉を並べて彼女に胸を貸すことしかできなかった
たまたま、その時の息吹にはそれで良かったというだけだったのだと思う
じゃあ、今は?
そもそも、母さんがおれに息吹を支えろと言ったのは、当主としてやっていくのに必要だったからだ
では、もうじき当主としての役目を終える彼女に対して、おれが無理に働きかける必要はあるのだろうか
そんな考えが頭を過ぎった
おれはけっこう人でなしなのかもしれない
強い絆で結ばれ、想い合う相棒であれば、そんなことは考えずに彼女に働きかけるべきなのかな
彼女がこの世から去る時に感じる後悔の念を少しでも軽減してあげるべきなのかな
きっと、天晴や松明ならそうするのだろう
………
おれは息吹のことが好きか嫌いか普通かで言えば、かなり好きなはずだ
抜けていて甘くて気が小さい息吹の、実直で誰よりも優しいところは何より彼女の美徳であり、本質だと思う
そんな彼女だから、おれは助けたいと思った
だから別にそのことを苦労だと感じたことはなかった
… … …
「なんか、疲れるな 悩むのって」
物心ついたときから、物事はなるようにしかならない、という風に考えてきた気がする
だからこういう風に悩んだ記憶はあまりない
2年もしないうちに死ぬことすら、おれは当たり前のように受け入れていた
その思考放棄のしわ寄せが息吹に集まってしまっていたんじゃないだろうか
おれがもっと考えられるやつだったら、その気持ちを分かち合ったり、和らげたりできたのかなぁ
おれは本当の意味で彼女を助けることなんて最初からできなかったんじゃないだろうか
おれはしばらく考えた後、息吹の部屋に向かった
考えはまとまっていなかった
でもとにかく、彼女と何か話をするべきだと感じた
…息吹はすでに限界だった
話せる状態ではなく、うわ言のように何かを呟いていた
おれにはそれが、おれに対する謝罪のように聞こえた
・・・息吹、
もう悩んだり、苦しんだりしなくていいんだよ
ゆっくりおやすみ
おれはちゃんと きみでよかったって思ってるから
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私の顔を覗き込んだ大地は少し、微笑んでいるように見えた
あまり感情を表に出さない大地がそんな風に微笑んだところを見たのは生まれて初めてだった