今日のの今日のの今日の

めっちゃ進んでるように見える!!(ぼかしでごまかすな)

色分け終わったところです。先週はポケダン記録まとめたりバーチャル登山の準備したり色々あったのでそんなに進んでない。
ていうか色分けが想像以上に時間かかっちゃったよ…色分け…かなり面倒では…?
人生で初めて色分けという作業工程を入れてみたんですよ。今までSAIだったんで、そもそもレイヤー数に限りがあるし別にいらんかなって

今までは、こう…

新規キャンバス.jpg

全体の色見るためのぐちゃぐちゃ色置きだけしておいて

新規キャンバス.jpg

その色を拾いながら本番の色塗りをしていく感じ?レイヤーは都度ガチャコンガチャコン結合させてってました。限りがあるからね!!

今回はクリスタだし多分先に色乗っけといた方が最終的には早いか…な…?と思ったんだけど既にめっちゃ時間使ってんだよな。わかんねえなあまあいいか

あ、あとあれね

これ原寸なんですけど こういう1ピクセルのはみ出しがマジで マジで気になっちゃっていちいち消しゴムで消してっから時間かかるんだと思う。これ~~!!縮小したらマジで見えんから~~~!!わかってるけど!わかってるけど消したくなる~~~!!!!(デジタルのよくないとこ~~!!!!)

なんではみ出てんねんって感じですが囲って塗るツールの限界なのかなって…ここは最初の方だったので以降は領域縮小マイナス1に設定したら丁度いい感じになりました。それでも他のパーツにちょっとかかっちゃってるところ消しゴムで消したりしてたんだけど 縮小したら!!縮小したら見えない!わかってんだけど~~!!

わかったこと:こんなことをしてる時点で『アップにすると荒いけど縮小したらそれっぽく見える絵』は性格的に向いてない
まああと囲って塗るツールくんともっと仲良くしようねということで
ていうか線画を透明度ナシで描く方がバケツ塗りしやすい(当たり前当たり前体操)
いやちょっと透明度あるペンの線画はいい感じに塗りの色が透けてこれはこれで良いんですけど。重たい絵描きながら試行錯誤すな

というか今回初めて色分けという作業工程を入れて思ったんだけどこの作業マジで向いてなくて笑った
作業感強いんだよな色分けって 絵を描いてるという感覚が全く無くて戸惑う
まあなんとか26人全員色分けできたのでぼちぼち塗っていこうと思います!わーい!!

しょうみな話、こうやって勘だけでベチャベチャ~~っと色塗ってる時マジで”””生きてる”””って感じがする。これよ~これこれ…数年分の色塗り欲をぶつけろ…色塗り担当トヤマ…
実はGWがちょっと後ろ倒しになったのでまだガッツリ時間取れないんですけど(それはまあ別に良いんだけど)
早くどっぷり時間作って進めたいね~!!もう描き初めて1ヶ月経っちゃったしな!

画像と比べてもらえば分かる通り、タイムラプスGIFだと色数(Twitter投稿サイズに耐えられるのが64色くらい)の関係で大分色味が死ぬんですが、まあそれは完成してからのお楽しみ(?)でいいかな…


 

そういえば『リアル人間コンテンツ』のこと考えてて派生的に至った話なんですけど

「リアル人間、生きてるからな~」と思うと同時に、フィクション見たり俺屍やってる時も「生きてんだよな~~マジこいつらめちゃくちゃ生きてんだよな~~!!」と思うんだけど、この「生きてる」って同じ言葉だけど意味がちょっと違うな~~とか考えてた

フィクション作品を見たり、俺屍やったりしてる時に「生きてる…」って思うのって『色んな場面・状況や相手、カメラの置き位置によって違った反応が見えたり、知らなかった一面を知ることができたりする時』って感じなんだよね。この人目線だと知ってるけど、別のある人目線だと知らないこと、とかそういうものがあるとグっと厚みと生きてる感を感じられる
あくまで私は、の話ですが

それがキャラクター本人的に見せたくないものだったとしても、倫理的に褒められたものでなかったとしても、我々は知ることができるし知って良い。表から裏から、生きている彼らを見ていい。
それが一般的に善悪で言うと悪の性質だったとしても、酷い不幸や悲劇でも興奮して好意的に思って良い…みたいな

私にとってフィクションって『どんな角度から見ても良い。そういう多面性に生を見出す』世界なんだよね

まあ四畳半神話体系を見てくださいっていう感じです(GIFは私の愛する概念です)
『どう捉えても良い』ではなく『どの角度から見ても良い』がミソね。フィクションとて丸いものを三角形として見たいわけじゃない

 

一方でリアル人間さんなんですが、これは知り合いでも芸能人でも野球選手でもバーチャル肉持ちでもツイッターのフォロワーでも見ず知らずの人でも同じなんだけど、生きてるからこそ別に多面的に見る必要は無いっていう気持ちがあるなあ~~って

人間は絶対表も裏もあるしほぼ確実に色んな面を持ってるけど、見せたい面を見えるように見せてくれているなら、わざわざ見えないようにしてくれてる裏側を知りたいとは思わないじゃん。だって相手生きてんだし…みたいな。それは縁あって私がそういう面見せて良い対象と認定された時だけで良いかな~~くらい…?そう、リアルの場合『自分』っていうカメラの位置が確定してるのも難儀だよね。

例えばぐうの音も出ない聖人イメージのある野球選手は実際に根っこまで絶対聖人なんだとは思わないけど、聖人に見えるようなムーブを見せると選択しているならそういう面だけで良いのよね。逆に悪評のある人でもメディア通じてしか知らない人が絶対そうとは思わないけど、別に実際どうかとかはけっこうどうでもいい。…人間、生きてるんだから何重ものメディアを通してしか見れない私に知りようがない本質なんて腐るほどあるものね。当然そう見せようと思ってないのに違った受け取られ方するパターンもごまんとあるし。
というか私は無理しない程度にうまいこと対外出力調整してる人が多分好きだしすごく尊敬していると思う

まあ生きてるんだからみんな知らないこと色々あるだろうけど、個人的にはわざわざ深掘りして知りたいとも思わない的な?そこがフィクションとは全然仕様が違うんだよなリアルくん 当たり前の事なんだけど

 

…いや別に人間との接し方の話がしたいわけじゃなくて、フィクションの場合は『生きてるから表裏他色んな角度で見たい』で、リアルの場合は『生きてるんだから私に見せてくれる面だけで良い』なのが、同じ『生きてる』なのに真逆で面白いな~…という話

なんか最近気付いたけど私、実際は厚みがあることを承知した上で、基本的にはリアル人間を平面的に捉えようとしてる(そういう風に見たい)んだろうなあ。私ぁ別にいいんだよ 見えない知らないところでどんなこと考えてる人でも
一方でのめり込んだフィクション世界の厚みや角度は知れるだけ知りたいんだ~~~というな~~~!!ボイフレの細かいセリフ全部回収しようとしたりな!俺屍ステータスを細かくグラフ化したりな!!笑

来訪時には分かんなかった本質的な部分や変化が色々見えてきたりするのが本当に好きだから…
私は徳甲一族のみんなの表も裏も隠してたものも自覚なかったところも、“マジで見たままだったって事実”も色んな生の面を見れてよかったよ…ホッシー ホッシー 凪左助 更紗 血潮・・・これ挙げ始めるとキリがないしだいたい全員分名前出るわ

まあ最後まで本当のところどう考えてたか私に教えてくんなかったやつもいるけどな!!燕九朗お前だぞ!!!笑
でもそんな人でも『それが彼の本質的な部分だ』と思えるわけじゃん。本意を知らない、という部分が本質であることを“知っている”
なんか…そういうとこなんだよな…フィクション…もうほんと最近強く認識するようになったけどフィクション(概念)が好きなんだよね…生きているフィクションが……善も悪も強きも弱きも表も裏も生も死も幸も不幸も、作品テーマ次第ではあるけれど常に等しいし知って良い フィクション 最高

リアル…リアル(概念)は…好きでも嫌いでもないかなあ…好きだったらリアル人間コンテンツに触れることここまでビビんないわ。はい 私はリアル人間コンテンツを第一優先趣味にしたことがないタイプのオタクです…でもリアルのコンテンツも面白いから見るんだけどね。野球もね。

でもみんな生きてるから私の預かり知らぬところで色んなことがあるし、私は私の価値観に基づく好き基準を持っているし、絶対に永遠に理想の状態でいる保証はないんだよな。なんたって生きてるから
(これについてはリアル人間の手によって作り出されるフィクション作品も近い性質があると言えるし死ぬ程覚えがあるけど、論の点がわけわからなくなりそうなので置いておく)

“人間”が好きな人ほんとうに本当に凄いと思う 自分というカメラ位置をちゃんと動かしながら、相手の存在を想いながらリアルの厚みの中に生きてる人 めちゃくちゃすごい 私ほんと定点カメラみたいな考え方してんなあと常々思う

気付いたらド陰の者って感じの文章打っててわろたわ リアルに対してはド陰キャだけどフィクションに対しては陽キャなので…(そうか??)(それは嘘では??)いや、陰とか陽とかそういう話か?そういうのじゃないな まあそんなかんじです リアルもフィクションも全部生きてっけどそれらをどう捉えてるかはかなり違うよね~ほんとにね~~当たり前だけどねえ